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仙台高等裁判所 昭和34年(ネ)344号 判決 1960年5月26日

控訴人 鈴木信親

被控訴人 鈴木英二

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の不動産につき所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の関係は、

控訴代理人が

一、控訴人、被控訴人の父である鈴木千吉が被控訴人と通謀し、千吉名義の全不動産につき、被控訴人に対し贈与の形式で所有権移転登記をしたため、控訴人は本件調停で遺留分権利者として、遺留分減殺権行使の趣旨によつて、別紙目録記載の不動産を取り戻したものであるとのこれまでの主張は撤回する。

二、控訴人は、昭和二七年四月二六日福島家庭裁判所棚倉出張所に相続放棄申述の取消申立書を提出した。同出張所は右申立は非訟事件手続法によつて審理されるべきものであるから、同出張所の管轄に属しないものとして、同年五月二七日福島家庭裁判所白河支部に移送し、同支部昭和二七年(家)第一一八号事件として同支部に係属した。そして、右事件の審理中、昭和二七年一一月二二日(これまで昭和二七年一一月二七日と主張していたのを訂正する)本件調停が成立した。そこで控訴人は、実質的に相続分を回復し、目的を達した以上、別件として相続放棄申述の取消をし、さらに相続回復による相続財産分割の申立をすることは、無意味、不必要との結論に達し、かたがた家事審判官の勧告もあつたので同年一二月二日相続放棄申述の取消申立を取り下げたのである。

三、しかし、本件調停による別紙目録記載の不動産の所有権移転につき、知事の許可を要するものであり、且つその許可が得られないものであることが当初からわかつていたならば、控訴人は右の取消申立の取下をしなかつたものである。すなわち、右相続放棄申述の取消申立の取下は要素の錯誤により無効である。

と述べ、

被控訴人が、控訴人の右一の撤回に異議がない、控訴人主張の右二の事実および、控訴人の相続放棄の申述につき、保佐人の同意のなかつたことは認める。

と述べたほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

別紙目録記載の不動産が、控訴人、被控訴人の父千吉の所有であつたこと・千吉が死亡したので控訴人が福島家庭裁判所白河支部に相続放棄の申述をし、昭和二四年二月一五日受理されたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第二号証の一、第四号証によると、千吉死亡当時相続人としては、控訴人、被控訴人のほか、妻であつた鈴木モリ、二女宗像キミ、三女鈴木セイ、五女真田テイがあつたが、モリ、キミ、セイ、テイも同家庭裁判所支部に相続放棄の申述をし、同月一五日受理されたことが認められるから、別紙目録記載の不動産は被控訴人単独で相続し、その所有となつたものというべきである。そして、昭和二七年一一月二二日福島家庭裁判所棚倉出張所の同庁昭和二七年家(イ)第六号相続回復による相続分分割事件で、被控訴人は、控訴人に対し、別紙目録記載の不動産を含む土地五二筆、建物四棟を贈与し、所有権移転につき控訴人の請求があるときは、遅滞なく、その手続をし、且つ協力することの調停が成立したことは、当事者間に争がない。

被控訴人は、別紙目録記載の不動産は農地であるため、控訴人に対する所有権移転について、福島県知事に農地法第三条の許可を申請したところ、不許可となつたので、前記調停による贈与は無効であると抗弁し、右不動産が農地であることは控訴人の明らかに争わないところ、成立に争のない乙第一号証によれば、昭和二九年五月六日右所有権移転の許可申請に対し、不許可処分がなされたことが認められ、これを動かすに足る証拠はない。

控訴人は、右調停は、別紙目録記載の不動産につき、贈与の形式をとつているが、実質は相続財産の分割であるから、農地法第三条による知事の許可を要しないと主張するので判断する。控訴人が昭和二三年九月一五日準禁治産の宣告を受けたところ、昭和二六年一二月一八日取り消されたこと・控訴人のした前記相続放棄の申述は保佐人の同意を得ずにしたものであること・控訴人は昭和二七年四月二六日福島家庭裁判所棚倉出張所に、前記相続放棄の申述は保佐人の同意を得ずにしたものであることを理由に、相続放棄申述の取消申立書を提出したところ、同出張所はこれを福島家庭裁判所白河支部に移送し、同支部昭和二七年(家)第一一八号事件として係属中同年一二月二日右申立を取り下げたことは当事者間に争いがなく、右争のない事実と成立に争のない甲第一号証、第二号証の一、原審証人菊地寿助の証言を総合すると、前示調停は、控訴人が前示相続放棄の申述の取消申立をしたことによつて相続を回復したとして、被控訴人に対し千吉の相続財産の分割を求めて申し立てたものであること・福島家庭裁判所白河支部の審判官で福島家庭裁判所棚倉出張所の審判官を兼ねていた菊地寿助は、右調停と相続放棄申述取消申立事件を担当したけれども、相続放棄の取消はその手続について明示した規定がないため、その処置に苦慮した結果、相続放棄申述取消については審判をしないまま調停手続をすすめることとし、調停の基礎としては、実質的に千吉の相続財産は、控訴人、被控訴人両名が相続し、これを分割するのと同様の取り分を控訴人に得させる方針のもとに調停をすすめた結果、別紙目録記載の不動産を含む土地五二筆、建物四棟を被控訴人から控訴人に贈与し、ただ右不動産中農地については、農地法第三条により県知事の許可を要する関係で、その許可手続をするについて相互に協力する旨の調停が成立したものであることが認められる。右認定に反する原審証人菊地寿助の証言、原審の控訴人本人尋問の結果は採用しない。右認定を覆すに足る証拠はない。右認定によれば、右調停は相続財産の分割ではなく、贈与と解すべきである。それのみでなく、およそ相続放棄の取消は、相続放棄が家庭裁判所に対する申述によりなされ、その効果は受理の審判により発生するものであるから、これに準じて家庭裁判所に対する意思表示によつてなされることを要し、且つその効力が発生するためには家庭裁判所の審判を要するものと解すべきである。そして前認定のとおり、右調停成立当時控訴人の相続放棄申述取消申立については、未だ審判がなされていなかつたのであるから、当時千吉の相続を回復するいわれはなく、まして控訴人は右調停成立後相続放棄申述取消の申立を取り下げているのであるから、右調停をもつて実質的に相続財産の分割と同一視することはできない。

控訴人は、右相続放棄申述の取消申立の取下は要素に錯誤があるから無効である旨主張するけれども、仮りに無効としても、調停成立当時相続放棄の申述取消の申立につき審判がなされていなかつたことは前認定のとおりであるから、前認定を左右するものではない。

つぎに控訴人は、家事調停は民事調停の一部であるから、農地法第三条第一項第五号の解釈として、別紙目録記載の不動産の贈与については、県知事の許可を要しない旨主張するけれども、農地法第三条第一項の農地の権利の設定移転につき知事の許可を要しない場合につき定めた第五号には、民事調停法による農事調停による場合に限定されており、家事調停と農事調停は、その目的手続を異にしている以上右規定を家事調停に準用することはできないものといわねばならない。

なお、控訴人は調停調書の記載は確定判決と同一の効力を有するから、調停の成立に瑕疵があつても、その調停が取り消されないかぎり有効であるから、本件贈与も有効であると主張する。しかし、調停の効力と調停によつて成立した法律行為の効果の発生とは区別されるべきであつて、農地の贈与については、農地法第三条によつて知事の許可をその効力の発生要件としているのであるから、家事調停によつて農地の贈与契約が成立し、調書に記載されても、これにつき知事の許可がないかぎり贈与による所有権移転の効果は発生しないものというべきである。

以上認定のとおりで、前示調停は別紙目録記載の不動産に関する贈与の部分は知事の許可が得られず贈与の効力を生じなかつたのであるから、これにつき所有権移転登記手続を求める本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当である。

よつて、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条により主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 石井義彦 佐藤幸太郎)

目録

福島県石川郡石川町字北町二二番四

一、田 五畝一七歩

同県同郡同町字高田五六番

一、田 一反二五歩

同県同郡同町字鹿ノ坂五八番

一、畑 一畝二八歩

同県同郡同町字大内八七番地

一、畑 三畝一三歩

同県同郡同町同字八九番

一、畑 七畝八歩

同県同郡同町字高田一三三番一

一、畑 二畝二〇歩

同県同郡同町字高田一三三番二

一、畑 一七歩

同県同郡同町字鹿ノ坂一三番

一、畑 一畝九歩

同県同郡同町同字一四番

一、畑 二四歩

同県同郡同町同字五七番

一、畑 七歩

同県同郡同町字長久保四五番

一、畑 七畝二五歩 外畦畔四歩

同県同郡同町同字四六番

一、畑 四畝二二歩

同県同郡同町字高田三四番

一、畑 一畝一六歩

同県同郡同町同字六四番

一、畑 二一歩

同県同郡同町字鹿ノ坂二〇六番

一、畑 一畝一四歩 外畦畔七歩

同県同郡同町同字二〇六番の二

一、畑 一畝一六歩

同県同郡同町同字二〇七番

一、畑 六畝一六歩 外畦畔七歩

同県同郡同町同字六三番

一、畑 三畝二五歩 外畦畔六歩

同県同郡同町字国見三二番

一、田 九畝一〇歩 外畦畔一〇歩

同県同郡同町字国見三四番

一、田 二二歩 外畦畔二歩

同県同郡同町同字三五番

一、田 七畝一四歩 外畦畔一六歩

同県同郡同町同字三六番

一、田 五畝二八歩 外畦畔一三歩

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